YOASOBI(夜遊び)のメガヒット「夜に駆ける」をはじめ、数々のヒット曲を生み出す作曲家 Ayase。
ボーカルのikura(幾田りら)と並んで夜遊びの音楽的な存在感を支える彼について、今回はできるだけ省略せずに面白いエピソードをたっぷり紹介します。
出身と幼少期:山口県宇部市でピアノ教育を受ける
1994年生まれ。山口県宇部市出身で21歳まで住んでいたとされます。
祖母がピアノの先生で、幼少期(3~4歳)からピアノに触れて育ち、小学生の頃から「本気でピアノをやりたい」と思い、本格的にピアノを習い、国際コンクールに出場するほどの腕を持っていたというエピソードがあります。
歌好きに気づいたきっかけ:いつも口ずさんでいた子ども時代
小さい頃からピアノの課題曲や流行の曲、そして自分で思いついたメロディを口ずさんでおり、周囲から「いつも歌ってるね」と言われることで自分が歌うことを好きなんだと気づいたそうです。
中学時代の影響と将来の決意
中学生の頃に愛子(おそらくアイドルかアーティスト名)やEXILEを聴き、「歌で食べていきたい」と心に決めたと語っています。
当時の本人のコメントとして「分かりやすくぐれていた」と冗談めかして振り返る場面もあるそうです。
高校退学と価値観の変化
音楽を目指す上で「勉強なんて必要ない」と考え、高校は1年で退学。
本人は振り返って「学校行きながらでも音楽はできるのに、音楽を言い訳にしてしまった部分がある」と述懐しています。
“ヤンキー”時代のエピソード
当時は学校の制服の裏に“天上天下唯我独尊”の文字を金と紫で入れる。
豹柄のカップルホームページを作るなど、典型的な青春期のヤンキー的行動をしていたという描写があります。
見た目の特徴とネタ化されたエピソード
綾瀬は口元に1つ、両耳に大きなホールとピアスがあることで知られており、ラジオ番組で「僕の真似はやりやすいんじゃない?耳をマッキーで黒く塗るとか」と自分でネタにして笑いに変えています。
コスプレに関する軽口とファンへのお願い
ANN(ラジオ番組)でのハロウィン特集で、ikuraのコスプレ話になった際、ikuraのコスプレは紙にインナーカラーを入れて…と話したところ、アヤセが「それくらいしかない(笑)」と返したり、ファンに対して「カップルでいちゃいちゃしながらのコスプレはやめてほしい」と発言したこともあります。ikuraも「カップル・同棲禁止で」と乗っかっていた、という和やかなやり取りがありました。
タトゥー事情:SNSで確認できる身体アート
普段は長袖でメディアに出ることが多いですが、SNS上では両腕の指先まで入っているタトゥーや首のタトゥーが確認できます。本人の公的なコメントは無いものの、年々タトゥーが増えていることが話題になっています。
バンド「Davinci(ダヴィンチ)」時代と音楽ルーツ
かつてロックバンド「Davinci」を結成し、当時はよりハードな音楽性を持っていたと本人が語っています。
音楽のルーツにはハードコアやメタルがあり、BabyMetal(ベビーメタル)やBring Me The Horizon(ブリング・ミー・ザ・ホライズン)といったハードな音楽にも愛着があると述べています。
このバンド時代、綾瀬はボーカルで「啓一郎」という名義で活動していたため、本名が「綾瀬 啓一郎」であるのではないかと推測する声もあります。
ロックにハマったきっかけ:マキシマム ザ ホルモン
ロックに本格的にハマったきっかけはマキシマム ザ ホルモン。
対談では、ホルモンのメンバー間の強い絆に感銘を受け、夜遊びでもその結束力を大切にしたいと語っています。
バンド解散と“失敗”の自覚
バンドマン時代の経験は「財産」だが、売り出し方の勉強不足などで多くの失敗もあったと振り返っています。
クオリティやパフォーマンスには自信があったものの、世に広める方法の理解が足りなかったと悔やんでいる一面があります。
マキシマム ザ ホルモンとの交流エピソード
マキシマム ザ ホルモンのメンバーでの「音楽の交換会」的な場の話では、ジャンル問わず好きな曲を流す文化があり、その中で「YOASOBI」を流して盛り上がったエピソードが紹介されています。
YOASOBIの楽曲が幅広い層に刺さっていることが窺えます。
病気と入院、そしてソロへの模索
Davinci時代に重度の出血胃潰瘍によってダウンし、仲が良かったからこど関係がギクシャクしてバンドは解散。
本人は「バンドの解散は不本意だった」と語っていますが、この出来事が結果的に大きな転機となりました。
入院中に「一人でもできる音楽」を模索する中で、ボーカロイドに出会ったのが重要な分岐点です。
ボカロPとしての成功:『先天性アサルトガール』など
ボカロPとして活動し、『先天性アサルトガール』を発表。
翌年発表の『ラストリゾート』で初の10万回再生を達成するなど、徐々に注目を浴びていきます。
極貧時代と妹の家での居候生活
ボカロPとして芽が出る前は収入がほとんどなく、妹2人の家に転がり込んでいた時期があるとのこと。
キッチンを眺めながら床で寝ていたことや、2020年にYouTubeで銀の盾(チャンネル登録者50万人以上の記念トロフィー)が届いた際に妹が開封する様子を録画してSNS(X)にアップした、という家族仲の良さが垣間見える話もあります。
バイト歴豊富でリスナーへの共感力が高い
様々なバイト経験(飲食店、コールセンターなど)を経ており、ANN(オールナイトニッポン)で「バイトをやめたい」というリスナーの相談に真摯に向き合う場面がありました。
本人は「本当にバイトがないとやっていけなかった」「家も借りられなかった」と語っており、だからこそリスナーの辛さに寄り添えるのだと語っています。
フリーランス論や貧困エピソードの語り口
ある友人の話を例に「1年前までは天すら買う金がなく、拾ってきた石を砂糖で煮詰めていた男が、今や今年日本で一番売れている男になった」といった話を雑誌や記事で語ることがあり、苦労時代のドラマ性を強調するエピソードがあります
YOASOBI(誕生のきっかけ:monogatary.comの企画
ソニー運営の小説投稿サイト「monogatary.com」に掲載された小説を音楽化するプロジェクトがきっかけで、ikura(ボーカル)が参加。
AyaseはボカロPとしての名義で活動していた頃の音楽経験を持ち寄り、昼の姿・夜の姿というコンセプトで「YOASOBI(夜遊び)」が生まれました。
出会いの第一印象:意外な“透明感”
互いの第一印象について、綾瀬は「思っていたより透明感があって純粋そうな女の子」と感じたと語っています。
ikuraは当時SNSで顔出しをしていなかったため、初対面で全身真っ黒の服装だったことに「怖かった」と話す場面もあったそうです。
『夜に駆ける』誕生と低予算制作
YOASOBIのデビュー作『夜に駆ける』は、小説(原作:星のマヨ『タナトスの誘惑』など)を原作にし、ピアノとメロディの美しさ、そしてどこか狂気的なPVで話題になりました。
驚くべきは制作費の少なさで、友人にギターを弾いてもらったりして総制作費は約3,000円ほどと言われています。
それが後に数億回再生を記録し、紅白歌合戦出場へとつながりました。
紅白のプレッシャーと本番の思い出
紅白出場が決まった際、YOASOBIとしてはCDリリースやライブ経験がほとんどない中での大舞台。
綾瀬は「緊張しすぎてikuraの方を向けなかった」と語るほどのプレッシャーを感じており、今でも『夜に駆ける』を聴くと紅白のことを思い出すそうです。
本人は「普通の20代の大学生が受けていいプレッシャーじゃない」とikuraのことを心配していたとも語っています。
原作小説との関係と文学賞の存在
『夜に駆ける』は、monogatary.comで募集された「夜遊びコンテスト」大賞受賞作が原作となった作品のひとつで、同時期に原作小説集『夜に駆ける 夜遊び小説集』が発売されました。
綾瀬は原作をリスペクトしており、音楽と切り離しても小説を味わってほしいと語っています。
ただし、最初に原作の話を聞いた際の反応は「やったぜ」とシンプルな喜びの一言だったそうです。
朝マックへの情熱(?)と食にまつわるエピソード
ラジオで「最強の朝食は朝マック」というリスナー投稿に影響され、綾瀬は「今から並んでくるわ」と即断。
ある時期は朝ごはんが朝マックで構成され、朝マックを夜の分まで買って1日中食べていたこともあると言います。
驚くべきは「一度に7個食べた」話や、リスナーの「8個食べた」自慢に対して「うるせえわ」と返すやり取りなど、軽妙な会話がリスナーに愛されています。
また、UberEatsでハンバーガーを注文した際、具材の指定で悲劇が起き、アボカドバーガーを頼んだのにアボカドが消滅していたという珍事件をX(旧Twitter)に投稿して嘆いていたこともあります。
マクドナルドの裏メニューやサービスに詳しく、「マクドナルドのサービスを舐めちゃいけないよ」と力説したことも。
アニメや原作愛:『推しの子OPアイドル』にまつわる創作の流れ
綾瀬はアニメ原作のファンで、ある作品を最新話まで一気読みして強いインスピレーションを得たことがあります。
実際に、ボカロ用に書きためていた楽曲が約1年半後に『推しの子』のタイアップ曲となったという出来事に驚いたという話も残っています。
元々の曲タイトルや歌詞の変遷
元の曲の曲のタイトルは「究極の奥義」であり無敵のヒロインではなく。
無敵のバトルガールとして描写された歌詞だったそうです。
究極のアイドルという歌詞も究極の奥義から変更されたものとのこと。
ライブ演出へのこだわりとハードコア精神
楽曲:アイドルのライブにも関わらず、綾瀬は初期からハードコアの手法を取り入れており、ライブ用のSE(効果音)を専用に作るほどのこだわりを見せています。
音響スタッフに「爆音でよろしく」とお願いした結果、会場のスピーカー(ホール)がぶっ飛ぶんじゃないかと感じたエピソードもあるほど。
彼は「いつもハードコア・スピリッツを掲げている」と語っており、アイドルとロックの境界線を越える熱量を持っています。
ホラー映画好きと友人いじり
ホラー映画が大好きで、夏にはホラーが苦手な友人に無理やり見せてしまうこともあるとか。
ラジオでその話をした時、ikura(いくら)はホラーが大の苦手で激怒。
綾瀬は「シャワーを浴びている時に後ろに手があるよ」とからかったり、布団をかぶって寝ることを薦めたりしてリスナーを笑わせています。
友人に見せた作品の中には『着信あり』のようなトラウマ作品もあり、いくらは実際に涙目になったエピソードも。
コラボ商品開発の裏側:エースコックとの協力
夜遊びがエースコックと限定コラボ商品を出す際、ライブのリハーサルで味見をしたり、その開発に本格的に協力したそうです。
味見の際、綾瀬は「深い感じのコメント」をし、ikuraは頷くというやり取りがあり、その場の空気が伝わるエピソードになっています。
最後に(まとめ)
いかがでしたか?
綾瀬は、「幼少期のピアノ教育から始まり、ヤンキー時代、バンド活動、重い病気、ボカロPとしての下積み、極貧経験、そしてYOASOBIとしての世界的成功・・・」と、波乱万丈で魅力的な経歴を歩んできた人物です。
彼の音楽には、ハードコアやロックのルーツ、文学的原作へのリスペクト、そして生活のリアリティやユーモアが詰まっています。

